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神戸地方裁判所姫路支部 昭和32年(ワ)245号 判決

原告 高島映一

右法定代理人親権者母 高島美好

右訴訟代理人弁護士 宇田繁太郎

被告 高島敏雄

右訴訟代理人弁護士 前田梅次

主文

被告は原告に対し別紙目録記載の家屋を明渡せ。

原告は右家屋の明渡を受けた後、遅滞なくこれを売却し、その代金の拾分の四を被告に支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は四分し、その壱を原告の、その参を被告の各負担とする。

事実

≪省略≫

理由

成立につきいずれも争のない甲第一号証≪中略≫を綜合して考察すれば、本件家屋はもと原告先代武二の所有に属し、同人が昭和一九年九月一三日死亡し、原告がその家督相続によりこれが所有権を取得したものであること、先代武二生存中は本件家屋で被告と共同で貸席業を営み(尤も武二は昭和一〇年一一月頃から小学校教員になつたので、その後は主として夜間被告と協議してやつていた)、被告が昭和一八年三月頃出征した後は甥に当る瑛を指揮して営業をしていたこと、武二は前記の如く昭和一九年には死亡し、被告は同二一年三、四月頃復員し翌年二月頃からこの営業を続けたこと、武二死亡後瑛或は被告に於て本件家屋に於て営業する代償の意味で生活費若干を毎月原告(その法定代理人)に仕送つて来たことが認められる。前記証拠中、被告側証言及び供述によれば、本件家屋中武二が直接その亡父竹松から相続したものは本屋二五坪九合二階同坪丈であつて、その他の建物は竹松死亡後武二の長姉ふさが営業していた当時同人において建築したものであることが認められるけれども、右建物についても武二の所有として登記せられた事実によれば、他に明瞭なる反証の認められない本件においては、武二においてその所有権を取得したものと判断する外はない。前記証拠中右認定に反するものは信用できない。唯前記証拠によれば、本件家屋における貸席営業は高島家の家業たる一面があつたので、被告との関係においても本件家屋に関する利益を原告に独占せしめることが相当でないので、昭和二八年六月一一日に原告主張の家事調停が成立したものとみるべきである。而して右家事調停の成立したこと及びその内容は当事者間に争がない。

而して右調停調書第三項によれば、被告において原告に給付すべき生活補助金一ヶ月金一万円宛の支払を六ヶ月分以上怠つた場合には、本件家屋並に貸席営業高島楼営業権、営業用什器一切を売却して売渡金を分割することを協議することと定めているのであるが、右は前示調停の際その分配の比率について合意が成立しなかつたことに基くものと推測されるのであるが、この条項は当事者間において協議が調わないときは、裁判所において諸般の事情を斟酌して定めることを許したものと考えるべきであり、従つて無効と解することはできない。

ところで、弁論の全趣旨によれば、被告は昭和三〇年頃になつてから、前示調停による生活補助金の支払をしなくなつたので、原告から前示調停の趣旨に基き前示裁判所に対し家屋売却のため再度本件家屋の明渡の調停を申立てたが、結局昭和三一年末頃右調停は不調に終つたことが認められる。

してみれば、原告としては前示調停の趣旨に従い本件家屋売却のため、被告に対し本件家屋の明渡の訴求をなすより外に途はないわけである。ところで、原告訴訟代理人は訴求のために前示調停による契約を解除する必要があるものと考え、請求原因第四項において述べたように昭和三二年三月三〇日付内容証明郵便で被告に対し解除の意思表示をしたことは当事者間に争のない事実であるが、本件調停は斯の如き事由によつて解除できるかどうか問題であるので、この点につき検討する。

家事調停が確定判決と同一の効力を有することは家事審判法第二一条第一項の規定するところであり、従つて原則として既判力を有するものと解するが、調停は合意即ち契約たる一面を有し、従つて契約法の適用を受け、調停による義務を履行しない者に対しては相手方は民法第五四一条に従い調停を解除し得る場合のあることは肯認せねばならない。然し本件調停においては、調停自体において即ち調停条項第三項において不履行の場合の処置を定めているのであるから、相手方はこれに従つて調停条項の実現を求むべきものであり、従つて原告の為した前記解除の意思表示はその効力を生ずるに由ないものというべく、本件家屋をめぐる原被告間の権利義務は依然前示調停の規定に従うべきものであり、原告がその実現の方法として本件調停解除の方法を採つたことは誤りであるといわねばならないが、原告の本訴は要するに右調停の実現の方法としてなされているものとみられるのであり、前示調停条項の実現の為原告が被告に対し本件家屋の明渡を求め得るものと解すべきことは既に説示したとおりである。

そこで被告において原告の本件家屋の明渡を拒否し得べき権利があるかどうかにつき考察する。

この点について、被告は先ず貸席業高島楼の発足以来の経営の変遷を詳述し、殊に亡武二及び被告らの父に当る竹松死亡後親族間に於て高島楼の財産を武二、ふさ及び被告の間に分割する協議がなされその際本件家屋の所有権はふさに移転したものであると抗弁するけれども、被告の全立証をもつてしても右事実を肯認するに足らないので、右抗弁は排斥を免れない。

次に本件家屋はその敷地たる土地及び営業権、営業什器をも含めて昭和一五年四月二八日に亡武二から被告に代金四万円で売渡され被告においてその代金を完済しているものであるとの抗弁につき考察する。証人長谷紀一の証言及び鑑定人喜多範里の鑑定の結果を綜合してその成立の認められる乙第一号証の二によれば、昭和一五年四月二八日付で本件家屋、敷地たる土地及び営業権(営業物品を含む)を武二から被告に金四万円で譲渡することとし、右金員は被告において毎月適宜分割弁済して昭和一九年一二月末日迄に完済し、完済と同時に名義を変更する趣旨の契約が締結されていることが認められるが、弁論の全趣旨によれば、前記調停の成立した昭和二八年の調停の経過においても、又不成立に終つた昭和三〇年の第二次調停の経過においても、被告側から本件家屋が被告の所有に属するとの発言が一度もなされなかつたこと及び前記調停は寧ろ本件家屋の所有権が原告にあるとの前提に立つていることが認められる。右事実に証人長谷紀一≪中略≫を綜合すれば、当時は日支事変下の非常時局であり、小学校教員が貸座敷業を営んでいることが公になると問題化する虞があつたので、形式的にこのような契約書を作成したものと推認せられなくはない。又真実このような契約を締結したものとしても、結局その実現を見ないで何時のまにか解消されたものと見るの外はない。蓋し武二生存中は武二は本件営業から収益の分配に与り、又被告の出征に際しては被告から営業上の財産を引継ぎ、更に武二死亡後は当時高島楼の経営に当つていた高島瑛(ふさの子)から、又被告が復員してその経営を再び引継いでから、被告から原告一家に生活費名義で相当額の金員を給付していたことは認められるが、被告において前示契約に基く譲受代金を支払つたとの証人長谷紀一及び被告の各供述部分はたやすく信用することはできない。他に右事実を確認する証拠はない。結局被告の右抗弁を採用するに由ない。

仮りに、本件家屋が被告主張の契約により被告の所有に帰していたものとしても、前示調停の成立により民法六九六条に従い本件家屋の所有権は和解によつて原告に移転したものと見るべきである。加之この点に関する被告の主張は前示調停の既判力にも牴触するもので到底採用できない。

次に被告は亡武二が被告と貸座敷業を共同で経営していたと主張しているから、その主張自体に徴しそれに使用されていた物件はすべて共有でなければならないと抗弁する。然し経営と所有とは必ず一致せねばならないものではないから、右所論は採用できないし、少くとも本件不動産につき被告が共有権を有することを確認するに足る証拠はない。

次に被告は抗弁第一〇項において有益費償還請求権のあることを主張する。被告は右有益費支出の日時について当裁判所の釈明に応じない許りでなく、有益費についてはその支出額乃至現存増加額につき返還義務者の選択に従い請求をなし得るに過ぎないのであるから、単に支出額につき主張立証するをもつて足らず現存増加額についても主張立証するを要すると解すべきものであるに拘らずこれが立証は固より、主張もしないのであるから、右は抗弁としても不適法であり却下を免れないものであるが、この点は措くとしても前示調停第七項によれば、被告は金銭その他一切の請求をなし得ないことになつているので、右抗弁は右調停第七項に反する主張であり、右調停の既判力に牴触し許されない。

被告は抗弁第六項において、「被告が原告に対し生活補助金の給付を六ヶ月以上怠つた場合には本件家屋等に貸席業高島楼営業権営業用什器一切を売却して売渡金を分割することを協議する」と定めているのであるから、原告は本件家屋につき完全なる所有権を有しないことを自認しているものであると抗弁するので考察する。右抗弁は原告において本件家屋の明渡を求め、これを売却した場合には代金につき分配に与り得る権利のあることを主張する趣旨の抗弁と解し得る。そこで当裁判所は分配の比率について考察するに、証人長谷紀一、同田中重太郎の各証言によれば、前示不調に終つた第二回の調停中において、本件家屋を原告において金八五万円で被告に譲渡することとし、内金五〇万円は即金で支払い本件家屋の所有権移転登記をなすことについては略合意が成立したのであるが、残額三五万円の支払につき原告側が本件土地につき抵当権を設定するか訴外長谷紀一の保証を得ることを条件としたのに、被告ないし右訴外人が同意しなかつたので、不調に帰したものであることが認められる。又本件家屋の価額は鑑定人熊谷栄次郎の鑑定によれば金九〇五、五〇〇円と認められるが、右鑑定によれば、鑑定で除外した被告の建増部分のあることが認められ、就中被告が昭和八、九年頃から本件家屋で亡武二と共同で、復員後は単独で貸座敷業を経営し、その間本件家屋の維持保存に相当額の費用を支出したことが被告の供述によつて認められるし、敷地については原告の専有に属するものと認めるのが相当である。右諸般の事情を彼是考量するときは本件家屋の売却代金についてはその一〇分の四を被告に帰せしめるを相当と認める。従つて原告は被告から本件家屋の明渡を受けたる後遅滞なくこれ売却し、その代金の一〇分の四を被告に支払う義務あるものというべきである。

当裁判所が右に判断した抗弁以外の被告主張の抗弁はいずれも前示調停の趣旨に反するものであつて到底採用できない。

そこで原告の損害金の請求について考察する。

本件調停に基づく合意が原告主張の事由によつて解除し得ないことは既に説示したとおりである。従つて原告は依然前記調停に基き被告が本件家屋を明渡すまで一ヶ月金一万円の生活補助金の支払を求め得るわけであり、損害金としてその支払を求める必要もなく、又許されないものと考える。(最も本件調停は被告の貸座敷業の継続を前提しているものとみられ、右貸座敷業は昭和三二年八月公娼制度の廃止により廃業しているが、被告はその後本件家屋を下宿業に転用していることが被告の供述によつて認められるし、本件家屋の坪数や価額からみて前記認定の諸般の事情を考慮しても、本件調停は現に有効であると考える。)

よつて原告の本訴請求は右認定の範囲においては正当としてこれを認容すべきであるが、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 庄田秀麿)

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